あの日を忘れない
12年かあ、
もうそんなになるんか・・・


TVの画面には追悼式の様子が映し出される。
それぞれのあの日に対する想い。
さまざまな思い。


オレの想いは更にさかのぼる・・・1989年。
アポロシアターのコンテストに出場するため、NYにいた。
ヴォイストレーニングを受けるワニタ師に尋ねた「どこかめちゃめちゃ盛り上がるゴスペルが聞ける教会はないですか?」
「OK. JAYE、それではこの教会を紹介してあげよう」


次の日曜日我々一行はブルックリンの駅に降り立った。
地図を頼りに裏通りを歩く。
さすがブルックリン、町の様子はどんどんスラムっぽくなる。


たどり着いたその教会に一歩足を踏み入れると、そこは別世界であった。
500人以上は収容出来そうな広い会堂。
天井にはミケランジェロ風に天使の絵が描かれている、荘厳な雰囲気。
ん?何故か会堂の角に看護婦さんのような人が座ってるぞ。
なんでやろ?


その中心に我々一行10名が着席できるように、シートがリザーブされていた。
迎える人々は皆笑顔である。
口々に「Welcome!」と暖かく握手を求めてくれた。
我々以外は全てブラックPeopleである。


そして礼拝が始まる。
お祈りから会衆賛美。
そして牧師のメッセージになる。
「うわー!なんやこの人の声!強烈やなあ」
Rev. Marvis師の声はまさにシャウターのそれであった。
そのシャウトメッセージに呼応するようにクワイアが歌い始めると、バンドの演奏が更にあおる。
ドラムもめちゃ凄いな・・・
あれ?姿が見えへん。
うわ!小さな子供や!!
よくよく見るとシンバルの陰に隠れて、7〜8歳の子供がドラムを叩いていた。
しかしビートは強力である。


そこにオルガンが心を掻き毟るように響く。
ベースの低音が凄まじい。
クワイアのヴォルテージは更に上がる。
師は怒号のような声でHallelujah!を連呼する。
みんながいっせいに歌い出す。


興奮し始めた会衆の中から堰を切ったように、おばちゃんが立ち上がり号泣しながら踊る、走り始めた!
バタン!!うわー!倒れた!!!
別の場所でも数人が叫び倒れる。


会堂の角にいた看護婦さんが担架で運び出す。
「そうか、そのための看護婦さん・・・(絶句)」
もうヤバイ「これや!これがオレの求めてた雰囲気や!手に入れたゴスペルライブのレコードの音源のままや」
目の前に広がる光景は、オレのゴスペルマニアとしての心を突き刺すように刺激した。


周りの会衆に負けないほどのコール&レスポンスで更にオレは興奮の坩堝に叩き込まれていく・・・


そんなオレを見てか、おもむろに二人のアッシャーらしき人がMarvis師の指示によってオレに近づき、しかも「前に来い」と言う。


言われるままに会衆の代表がごとく、最前列に立たされたオレの額あたりを師はわしづかみにすると、何やら意味不明の言葉で「祈り」始めた。
クワイアの声量は更に上がり、バンドは力一杯に演奏する。
会衆は半狂乱であるかのような叫び声を絶え間なく上げ続ける。
「これは興奮の坩堝や!意味わからんけどこれがオレの求めてたゴスペルや!」


と、その時師は突然ある言葉を叫んだ。
その言葉がオレの人生を変えた・・・と言っても過言ではない一言を。
「EVERYBODY NOW JESUS IS HERE !!」
会衆に向かってそう叫んだのだ。
「えっ?」とオレは正気に戻った。


するとその言葉を聞いた会衆の中から何人かが、オレに近寄って来た。
よくよく見ると、その近づいてきた人たちは、足が悪かったり、手が不自由であったり、目が見えない方々ばかりであった。
オレの頭の中に大好きで歌っていたSAM・COOKEのある曲の詞が蘇ってきた。


その曲とは「Touch The Hem Of His Garment」
長く病に臥せていた女性の住む町にJESUSが来るという。その方の衣に一指触れれば、どんな病も癒されるという噂を聞き、その女性は這いずるようにしてJESUSに近づきその衣に触れた・・・


ああ、なんと言うことか・・・
一挙に興奮から醒めたオレの心に「罪」という一文字が深く深く突き刺さった。
体はもう硬直している。
着ていた衣服に多くの人が触れている。
目には「後悔」の涙が滲んだ。
そのあとの教会での記憶は一切消えている。


帰りの道をトボトボと歩くオレに、一緒に居たメンバーが言う。
「お前、あれはあかんで」「ゴスペル詐欺やな」
一言も発せずにホテルに戻ったオレはまさに喪失状態であった・・・・・


帰国したオレはその後ただの一度も、そう、本当にただの一回もゴスペルを歌うことはなかった。


あの日までは・・・
多くの友人が神戸で被災した。
当時の常箱であった「チキンジョージ」も地震でほぼ倒壊した。
その時オレの心にゴスペルは蘇った。
「被災者のために募金を募るんやったらゴスペルを歌ってええかも」
よし!そうしよう!!
それから梅田の街角でストリートライブを始めた。
目の前に「阪神大震災救援募金箱」を置いて。
道行く人々の中から「JAYEさん、なんでこんなとこで歌ってるんですか?」
当時のHUMANSOULのファンの方であろう幾人かが、いぶかしげにそう質問したのを覚えている。


しかし初めてのライブでなんとその箱には¥78,000ものお金が!
「日本もまだまだ捨てたモンやない!」
すぐに被災地に送った。


現地にも行った。
市役所の前の公園でSASSY・TOMOと一緒にライブをやった。
歌ったのは「Touch The Hem Of His Garment」であった。


あの日から12年かあ・・・
それぞれの想い。
さまざまな思い。
死ぬまで忘れることはない。